![]() | 大森茂さん |
![]() | 藤川友子さん |
![]() | 宮原早百合さん |
![]() | 山田恵美さん |
大森茂さん「住民デレクターとして思ったこと」 「こうすれば便利!新しい市内電車」この作品は今年の2月に住民テレビ撮影体験会に 参加してテーマとして「県都の中心商店街にひとこと」と言うのがだされました。それが 、撮影の始まりです。 最近の富山市の中心商店街は、土日や休日でも郊外型の大型ショッピングセンターの進 出で車を持ったお客様を取られ、にぎやかさがありません。そこで、、2月の時点で富山 市で計画されていた市内電車と中心商店街の活性化について取材しようと考えました。な ぜならこの時、富山市内の電車路線の延伸の計画案が2案あり、1つ目の案は、丸の内から 大手町モールを通り西町へ向う大手町ルート。2つめの案は、丸の内から旅篭町を通り西 町に向う旅篭町ルートがありました。 この時点では、西武デパートが3月で閉店するということ、また、大和百貨店が総曲輪 の再開発ビルに移転が決まっていましたので、それらについて5分間にまとめた作品を作 りました。 しかし、その後4月29日に富山港線を引き継いだ富山ライトレールが開通し、市内電車 が大手町ルートで、しかも、単線での開通が有力な案となった時に、もう一度作り直しを 決心しました。 それは、自分は、市内電車の延伸するならばと考えた時、大手町ルートではなく、国道 41号線を通す案を考え出したからです。丸の内から左に曲がり国際会議場の前を通り全日 空ホテルのところで右に曲がり、国道41号線に入り新しく出来る大和百貨店の交差点で左 に曲がる案です。勿論複線です。なぜなら、単線では将来の発展が考えにくいからです。 41号線ルートでは、市内循環は勿論、富山大学から、或いは、富山ライトレールが市内 に乗り入れた場合でも、十分対応することが出来、将来41号線を南下することにより、富 山空港へのアクセスとしても使うことが出来るのです。 私は、これらを5分内にまとめましたが、まだ、この5分間に自分の考えを入れる力があ りませんでしたが、これを一歩として、またビデオについて勉強してより良い作品を作り たいなと思いました。 |
藤川友子さん服部さんから、 「気負わず一応、試作品と言う形で作っては?」との 提案に素直に「そうだなぁーー」と思ってしまった。 (いつも、映像センターでビデオ編集している方達の プチ体験を?やってみるかと軽い気持ちであった。) まず、現場でビデオを手にして映している自分が 気恥ずかしくて居たたまれない・・・ 想像だにしなかった心の動揺がにじみ出て来た。 その思いとは別に、何でも無いかのように装いながら ビデオを撮っている自分に、どっと疲れが走った。 映像センターで編集をするにつけ、 自分の思いと映像がうまくかみあわない。 自分の思いを段々映像に合わせていくようになる! 映像をどのように生かしたナレーションをつけるのか? 自分の想いとおりに行かないまどろっこしさ! 自分には、こんな難儀な課題は向いていない! つくづくとそう思った。 思ったら、能作さんに丸投げしていた! 後は、能作さんの指示待ち、お気楽気分であった。 いよいよ試写会。 みんなすごいな!と思った。 な・の・に・・・ 私の口からは厳しい感想が声になって発せられていた。 帰りの車の中で落ち込んでいました。 自分は何も出していないのに・・・ 皆だって、色んな大変さを乗り越えて 編集してきたのに・・・ 自分は挫折して向いてないと丸投げして・・・ 言いたい事を言った自分の”ずるさ”が嫌だなぁーー 反省しています。ごめんなさい! |
宮原早百合さん私は、今までに2回住民DRとして作品作りに挑戦しました。 1回目は、どのようにして番組ができるものなのか何もわからず、単に住民DRの皆さんの様子がレポートできればいい・端っこで覗ければいいといった感じで加わったにも拘わらず、番組作りに参加してしまいました。 それまでは、ビデオカメラに触ることも殆どなく、ましてや、編集・仕上げ・発表するなどまるで無縁のことでありました。おそらく、周囲の方々からもそのように思われていたと思います。それでも自分の意見を面白いと取り入れてもらい、やってみればいいよと背中を押して戴いたTUTの服部さんの一言で皆さんの仲間になれた次第でした。撮影・命名(これが一番大変でした)・ナレーション・編集など初めての経験にとまどいながら仕上げた作品(!?)がTV画面に映し出されたことは感動以外の何者でもありませんでした。また、番組的には、取材申し出を快諾し、協力いただいた出演者と取材者自身の掛け合いが面白いと評判になり、さらには、番組を見ていただいた多くの人がお店を訪れてくださるというおまけもありました。出演してくれたひとは、その後私の無二の相談相手となり、活動仲間となりました。 さて、半年後、またまた番組作りに取り掛かることになりました。私は、家庭があり、本業も持っているため、番組作りの時間を捻り出すことがなかなかできません。また2回目とはいえ、そう簡単にノウハウが身に付くものでもありません。1回目の番組作成直後に身内を亡くしたこと等、個人的にも様々なことがありました。 それでも、私は「見るもんじゃなか・出るもんばい」のとりこになってしまいました。 今回の作品制作の進め方と今後への参考点 1.テーマと題名を早い段階で決めた。 2.テーマに合わせてあらあらのシナリオ(番組内容)を考えた。 3.使えそうな場面から撮影を開始した(突然、撮影を要請されて職場を飛び出したこともあったが)。 4.公の施設に対して、各施設の方式に合わせた取材許可を全て自分でとった。 5.出演者がかなり多かったが、各人から取材と放映許可を書面(当方作製・本人の自筆許可)で受けた。 6.引用した書籍や音楽などの著作物の著作権者に対して、使用許可を得た。 7.仲間に撮影協力をしてもらったことが、仲間意識向上に役立つと共に、映像に深みがでた。 8.3分間に思いを凝縮するため、シナリオは、9版まで変遷を重ね、その記録を全て残した。 反省点 1.時間がとれず、計画した取材を抜いた部分があり、その点やはりインパクトが弱かった。 2.撮影時間が多い割には、利用できる部分が少なかった。 3.遠慮(または、恥ずかしさ)が先にたち、正面からの撮影やアップなどがしにくかった。 4.編集ソフトの使用方法が、いまいちのため、見る人にも自分自身にも物足りなさを与えた。 5.テーマに対するしっかりした思いが弱かったため、伝える視点がずれた部分がある。 6.シナリオ作成に力点を置きすぎ、肝心の編集が進まなかった。 7.合評会などでの他人の意見に左右されすぎた編集が、逆に番組内容を分かりにくいものにした。 以上、第2回目の住民DR参加記反省記です。この経験を私の他の部分(家庭生活・本業・他の活動など)に役立てると共に、チャンスがあれば、また参加させて戴きたいと思います(というか、既に新しい仲間を呼び込むと共に、3回目の構想が・・・)。ご指導、宜しくお願い致します。 |
山田恵美さん「番組2回目を迎えて 〜自分以外の方を撮り、紹介する面白さ」 住民ディレクターとして2回目の番組にも参加でき、大変嬉しく思っています。 今回、私は自分の作品を発表するのではなく 住民ディレクターの皆さんとその作品のことを 短い時間で紹介するという、少し難しいことを仰せつかりました。 出来上がるまで、作品についてはほとんどわかりません。 また、作品を作った住民ディレクターの皆さんのことも 短い時間で紹介できるほど存じ上げておりませんでした。 番組放送日が決定した時期に、やっと皆さんの作品が出来上がってきました。 作品の概要については伺っていましたが、 その作品の仕上げ(編集作業)をしている住民ディレクターの皆さんの顔を見て、 実際にその作品を観てから、紹介パートを作り始めました。 時間はあまりありません。しかも紹介パートは約40秒という短さです。 とにかく作品をじっくり観る事、作った方と何でもいいからよく話をすることを 心がけました。何でもない話の中で、一言でもその方の顔が見れる言葉が 取れたらいいな、と思っていたからです。 そのキーワードのような言葉と作品をリンクさせることが出来れば 40秒でいけるはず!という根拠のない自信だけで作りました。 紹介パートを作ってみて、後から「あぁ、もう一言、二言聴けたはず・・・」と 思ったこともありましたが、やってみなくてはわからないことでもありました。 「自分以外の方を撮り、紹介する面白さ」を知ってしまいました。 また興味と好奇心とを広げてくれた、住民テレビに感謝しています。 |
![]() | 秋田菜々子さん |
![]() | 石浦香子さん |
![]() | 黒田卓さん |
![]() | 泉田匡彦さん |
![]() | 谷口里沙さん |
![]() | 中嶋昭三さん |
![]() | 宮原早百合さん |
![]() | 山田恵美さん |
秋田菜々子さん最初、自分たちが出品する作品は、社会問題となっているニートをテーマにしようと考 えていました。しかし、ジュエリー作家・広瀬さんを取材して自分たちが感動したこと 、仕事に対する意識が変わったことを伝えたい、という気持ちへと変化していきました 。それくらい広瀬さんとの出会いは大きなものであり、広瀬さんの言葉は自分の胸に強く 響きました。作品を作るなかで、自分の一番心に残ったこと・伝えたいことを大切にしま した。番組が放送された後、とても達成感があったことを覚えています。 今回この企画に参加してたくさんの人との出会いがありました。取材した人だけでなく 、この企画に参加した全ての人に出会ったことによって、さまざまな生き方・考え方を知 ることができました。人と出会うことで、勇気をもらい、自分が変わっていくのを実感し ました。 番組を作る過程でたくさんの幸せな発見がありました。その発見を与えてくれたこの番 組にとても感謝したいです。 |
石浦香子さん自分の作った4分30秒を見て一番思ったのは(あ、イラストで描くのと同じだな)と 言うことでした。もちろん紙と映像では違う事は沢山あるのですがその違いよりも根っ こにある「何かを誰かに伝える」ということはどんなものを使っても一緒なんだな、と いうことでした。何をどう伝えたらいいのかもんもんと悩む苦しい時間、「あ、成った」 と思う瞬間の喜び、そこまでに至るまたはそこから始まる人との出会い。そういうこと はみんな同じなんでした。なんだか不思議な感覚でした。また、ずぶずぶの素人(ビデオ カメラ持ったの初めてでした)に好きにしていいよと思い切ったチャンスを下さったテレ ビ局の方々の熱い思いも知ることが出来、あれやこれやとおまけがいっぱいの番組制作 でした。う〜もう私の下手な感想読むよりもやっちゃった方が早いです!溢れる情報の中、 情報入力に飽きた方、次は「出力」する楽しみをば。 |
黒田卓さん「テレビ放送が住民の手に渡った日」 平成16年の総務省全国消費実態調査では,全国で45%,富山でも 40%を超える世帯にビデオカメラが普及している。しかし,その多くは 「記録のためのメディア」としてしか利用されていないのが実態だろう。 たくさんのテープに様々な映像を取り貯めているものの,ほとんど見る 事は無いという人も多いと思われる。 映像が伝える力,その大きさを多くの人が認識しているということは, テレビがこれだけ普及していることからも容易に推測できる。でも, テレビの映像はプロが作ったものという意識も強く,自分が撮影した 映像がテレビで流れるなんて,思いもしない人も多いのではないだろうか。 今回この企画に参加した人も,最初はそうだったに違いない。平成17年 11月3日,この日はテレビ放送が住民の手に渡った記念すべき日となった。 ビデオカメラの性能は,すでに放送にも耐えられる画質を備えるように なり,編集も家庭のパソコンで容易に行える。映像という表現手段を用い, 誰もが情報発信を行える時代にすでに入っている。 今回の番組企画は, 「プロとは違った切り口で,違った表現方法で,伝えたいことを映像で 伝える」,「記録するメディアからコミュニケーションのためのメディア へ」,「情報の作り手と受け手の融合」を志向した,野心的な試みであった。 これまでにもアマチュアカメラマンが撮影した映像を流すことは, 様々な局で行われている。しかしながら,それらのほとんどは,プロが 再度編集をして,短時間にまとめなおしたものであり,作品として 丸ごと流れることはほとんど行われていないはずである。 住民ディレクター は,熊本県ですでに始まっているが,CATVでの経験を経てから地上波へと ある意味手順を踏んで進んできている。CS放送のアグリチャンネルで 一時期農村リポートが流れていたが,それも見る人がある程度限られて いる中での試みであった。ある意味ずぶの素人に,わずかな時間では あるけれど,県域の地上波を渡す,放送局としても,かなりの覚悟で 臨んだ企画であったに違いない。 住民ディレクターの成果は番組の各所に見て取ることができる。確かに 映像は,プロのカメラマンの映像と比べると,見劣りすることは否めない。 しかしながら,撮る側と撮られる側の距離の近さ,そこからくるリラックス した雰囲気,お互いによく知っているからこそ写すことのできる映像,会話 に現れる本音。これらは撮影技術に長けたベテランカメラマンでも,なかなか 捉えることができないだろう。 もちろん,公共の電波を使って放送する番組である。見づらい部分もあり, 住民ディレクターの基本的な技術向上も必要であろう。三脚を利用する, 構図の取り方,カメラの動かし方,クリアな音声の収録などの基本を 学ぶことも大切である。映像の並べ方,ナレーションでの話し方,内容なども 番組を作り上げる上では大切な事項である。でもやってみないとわからない ということも多い。頭でわかっているだけでは意味が無い。 今回の住民ディ レクターの方たちも,4分程度の映像を作るために,何度も撮影をやり直し, 作品の何倍もの時間の映像を撮影し,編集をやり直し,それらの過程の 中でこれら技術を身につけていったのだろう。やればやるほど深みにはまって いく,映像制作のおもしろさ,情報を発信することの責任,文字とは違う 映像を使ったコミュニケーションの難しさを体感できたのではないだろうか。 テレビの見方もきっと変わったに違いない。 住民の視点で,住民が身近な情報を伝える。ある意味当たり前のことが やっと今始まった。今後放送のデジタル化による多チャンネル化やインターネッ トのブロードバンド化が進み,ますますこのようなチャンスが広がっていくこと が予想される。この企画の第2弾も発表され,ますます今後が期待される。 「あなたが今,問題に思っていることは何ですか?」,「あなたが 伝えたいことはなんですか?」,「日々の生活の中でちょっとだけ, こんな意識を持ってみませんか」,そして,「ビデオカメラを持って 町に出ませんか」,そんな何気ない日々の記録が,テレビとあなた自身の 可能性を広げていくに違いない。 次の住民ディレクターは・・・あなたです。 |
泉田匡彦さんきっかけは岸本さんの講座でした。 ミーティングや取材を通して、普段はお会いできない方々と めぐり合うことができ、カメラを介しすることにより コミュニケーションの和が広がります。 いろいろな見方・捉え方があり、そこにはいろいろな生き方があります。 まさに感動です。 休日返上や夜中までがんばれたのは、 いっしょに番組を創(作)った仲間がいたからこそできたことで、 それを支えてくださったスタッフはじめ 熊本から馳せ参じていただいた岸本さんに感謝したいと思います。 いろいろな方との交流がありました。 カメラを持ってちょっと勇気を出せば、 何物にもかえがたい貴重な体験ができます。 |
谷口里沙さん「自分たちだけで番組を作る・・・・」 これだけを聞かされたときは、”不安”というよりも、”何を言っているんだろう”と思 い、自分のこととして受け入れ難く感じていました。 私にとって、普段テレビを見ている視聴者という立場である自分が、 逆に、見せるために番組を構成するディレクターという立場になるということは、 非現実的で、想像もつかないような試みでした。 テレビ局としても、大きな挑戦であり、 住民ディレクターが、手探りで一つの番組を作り上げていくことはとても大変でした。 しかし、何度も話し合いをし、意見交換を繰り返していくうちに、 少しずつ形が見え始めていきました。 そして、不安を抱きながらも、 住民ディレクターのみんなで番組を作り上げていくことにやりがいを感じ始めました。 取材・撮影・編集のすべてを行うことは大変でした。 また、「自分の伝えたいことを伝える」ということは、簡単そうにみえて実はすごく難し いことでした。 試行錯誤を繰り返し、伝えたいことをようやく形にできたときは、大きな喜びを感じま した。 取材をさせていただいた方々はもちろん、この企画を通して得られた、人々との出会いは 自分を見つめ直すよい機会となり、将来の糧となりました。 みなさんと出会えたことに、深く感謝しています。 ありがとうございました。 |
中嶋昭三さん住民ディレクターの始めての活動は、毎日が、発見・感動の連続でした。岸本様のご 指導と皆様とのチームワークで、何とか30分の番組を作り、放送されました。今回 の体験は、まったく手探りで、どうなることかと心配・不安でしたが、どんな内容の 番組を、誰が、どのように、といろんな問題・課題も、皆様の知恵を集めて、しかも 短期間で、各自の個性を伸ばす方向で、進めることが出来ました。 結果的にわかった ことは、「伝えたいことを素直に表現する」でした。今後は、この体験を生かして、 さらに発展させたいと考えています。 |
宮原早百合さん街にジングルベルの音が流れてきた今年もDK(デンマーク)Farum(ファーラム)市か ら一通のクリスマスカードが届きました。7年前にホームステイしたHansen(ハンセン) 家からです。 優しくて料理上手なYette(イエッテ)は、今年も私の家族の無事を祈ってくれています 。また、Ole(オーレ)は、コンピュータ関係の仕事をしているのですが、なんと今年の4月 にわずか4日間でしたが、ビジネス旅行で東京を訪れたとのことです。自分も毎年便りを 出しているのですが、夫妻の一年の出来事を読みながら、あの懐かしい家でワインセラー にもぐったり、キャンドルのほのかな灯りの元、習い始めたばかりの篠笛を演奏したこと、 大好きなハムレットの城に連れて行ってもらったことなどを思い出します。 私は、住民ディレクターのお話があった時、何を擱いても笛に関わった番組を作ってみた いと思い、それがどうにか果たせたことを心から嬉しく思っています。殆ど触ったことも ないビデオカメラを携えて取材・編集し、思いを伝えるなど青天の霹靂ながら、夢中で取 り組みました。 彼らへの私の今年の報告は、不慮の事故で兄を亡くしたという哀しみもあ りますが、箱の中の世界であったテレビが身近なものとなったことです。また、住民ディ レクターは、一度やったらヤメラレナイということも・・・。本当に有難うございました。 そしてこれからもヨロシクお願い致します。 |
山田恵美さん今回は、不思議なご縁で参加させていただきました。 今年始めにたまたま参加した地域情報発信の講演会で 熊本からいらっしゃった岸本さんとの出会いがきっかけでした。 その後、9月に熊本県球磨郡山江村で開催された 市民メディア全国集会で中嶋さんともお会いしました。 同じ富山の方と、遠く熊本で出会えるなんて不思議でした。 岸本さんに「今度富山で番組作りの企画があるので また声をかけますね」と言われたときには、特に考えもせず、 「ではまたお会いできるんですねぇ」とお話したものでした。 岸本さんが本当に富山にいらした時、 チューリップテレビさんでその企画が実際に動いていると聞き、改めて驚きました。 そうして、何度目かの企画会議の時に突然参加させて頂いたのです。 始めは軽い気持ちで(観客側として)その会議の成り行きを見守っていた自分でしたが 同じく参加されている方々の個性や考え方に触れてみると、 自分も何かやれるんじゃないかと感じました。 縁で広がる人の和は優しく、力強いもので、元々私の中にあった好奇心が かきたてられていったように思います。 企画会議の終わる頃には、何か表現してみたいものも見つけていないうちに 「やってもいいですか?」と番組作りへの参加をお願いしていました。 特に想いがあって題材を決めたわけではなかったので 番組を作る側の方々のご意見や、番組放送後の周囲の反響に 一番驚いたのは私自身でした。 何かを作りながらも、それを評価して頂きたいなどと思ったことが無かったものですから 厳しいご意見と温かいお言葉を同時に頂くことに、慣れていなかったのです。 驚きという表現では足りないくらい、いろんな表情や感情が自分の中で渦巻きました。 但し、これは慣れていなかっただけで、消化できなかったわけではありません。 番組終了後、やや時間が経った今、じわじわと私の中で 何かが発酵しているような気がしています。 何かとは、はっきりと表現できませんが、 発酵することで「おいしいモノ」に変わる可能性があります。 そんな可能性を楽しんでいくためにも、 今後も自分の視点から何かを作り、表現していきたいと考えています。 最後に、こんな機会を与えてくださった関係者の皆様に 心から感謝の言葉を申し上げたいと存じます。 皆様、本当にありがとうございました。 |
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